子宮体癌のクニ。と猫のミミ子さん

子宮体癌1b+抗ガン剤 癌になってもガンばってるよ〜のブログ?

ガン日記

ガン日記 続・就活編

コールセンターは脱落したが、めげてるヒマはない。就職しなくてはならない。 ラブCからはお仕事メールがちょくちょく届くが、どれもコールセンターだ、、。 データ入力とかPCキッティングとかに強い派遣会社を検索する。 O社を見つけた。早速登録予約をする…

ガン日記 コールセンター編その8

下痢した。そして、渋り腹とゆーやつだ。 今日は着台する日。行かねばー。 着替えて出かける。新百合ケ丘まで行ったらなんとかなってるかもしれない。 なんとかならなかった⤵︎ 下痢は精神的なものだろう。弱ーーい。 もう気持ちがくじけきっている。 新百合…

ガン日記 コールセンターその6

研修も6日目。 だんだん佳境に入ってくる。 画面操作も、あっちいったり戻ったり、このボタン押してからこの操作するとか分かりにくい。完全迷子になることしばしば。 脱落者もまた増えた。ラブC組なんて半分もいない。PCは1人1台になった。ハハ。 SV候補さ…

ガン日記 コールセンター編その4

研修4日目。 20歳そこそこの女子が来ない。 また1人減った。おばちゃん率高いからなー。楽しそうじゃないもんねー。 この日からパソコンのあるデスクに移り、実際の画面を見ながらの研修。 2人で一台のPCなのでキューキューだ。 パソコン操作は得意なので…

ガン日記 コールセンター編その3

研修3日目。 唐木田おばさんが来ない。 SV候補のオネーちゃんも、どーしたんでしょーねー、、と心配顔。 彼女は早々と見切りを付けたらしい。その後も登場することはなかった。 研修は盛りだくさん。インストラクターの話しは上手だが、たかだか健康食品の販…

ガン日記 就職 コールセンター編その2

研修2日目。 各部署に分かれいよいよ本格的な研修スタート。 研修はコールセンターの先輩方が実際に着台しているフロアの一角で行われた。まだパソコンはないデスクで紙の資料を渡され研修。またまたインストラクターが素晴らしい。しょっちゅうしてるんだろ…

ガン日記 就職 コールセンター編

家に帰って、ゆーこさんとヒデにコールセンターに決めてきたことを話す。 ヒデ「ゴロゴロできるのもあと二週間だねー」血筋だ。同じことを考えるw 姉も、大丈夫なのー?と言ってくれる。 取り敢えず、頑張ってみるよー! 職場は新百合ヶ丘から徒歩3分。自宅…

ガン日記 就活編 その2

ガン手術から一年経った。 髪の毛は3cmほど伸びた。毛先にウェーブがかかっている。抜け替わっても毛質は変わらなかった。 ハローワークではこれといった仕事が見つからず、国領まで出向いていながら手ぶらで帰るというありさま。国領までモスバーガー食べに…

ガン日記 就活編

就活はハローワークの他、スマホでもフロムAやらリクナビやらバイトルやらでお仕事検索。 希望はOA事務だが、一年以上ブランクのある55歳だ。53歳でもかなり苦戦したのだから今回はそれ以上のものがある。大手の派遣会社は登録すらさせてくれないのだから。 …

ガン日記 ハローワーク編

11月。 ちゃんと就活しますよ的な、ハローワークへ行ってきます宣言をする。 前職が失業保険を頂戴後、半年しか勤めていないため、今回給付は受けられない。と、ハローワークでお仕事探しだけしようと出向く。 狛江市の管轄は府中ハローワーク、、遠い。最寄…

ガン日記 友達にあったよ、編

10月から積極的に友達に会うようにした。 近場に来てもらう、ですが。 モリモリ、ミーさんとは登戸でランチする約束しました。一駅だけど電車に乗ったよ。 こじんまりとしたフレンチレストラン。 でも通院後に来るはずのミーさんは、時間が大幅にかかったと…

ガン日記 リハビリ編 自転車

自転車を買って、行動範囲は、、広がらなかったw 時短になっただけ。てへっ。 ウォーキングしていた多摩川土手をチャリで行ってみる。 六郷周辺はサイクリングロードが完備されていたのでクロスバイクでシャーーっと走れたが、狛江の土手は砂利道だ。タイヤ…

ガン日記 リハビリ編 進化

10月。 日課として歩いていたが、なかなか体力がつかないし、散歩コースも飽きてきた、、 この頃の定番コースは、多摩川に出て土手を和泉多摩川の橋まで約25分で歩き、橋の東屋で一服。タバコで一服。同じコースを帰ってくるとゆーもの。 行きは良い良いだが…

ガン日記 抗がん剤副作用の編

抗がん剤でスネが痛くヨレヨレになるのは10日ほども経てば徐々に解消された。 長く残った後遺症は指先のシビレだ。 初めは手の指先がシビレ、抗がん剤を重ねる毎に足の指先も痺れるようになった。 抗がん剤治療から1年半経った今でも少々だが足先の痺れが残…

ガン日記 毛が生えた!編

9月、髪の毛が生えてきた! やった!嬉しい! これから毎月1cmずつ長くなっていくんだー。先は長いが、生え始めるまでなんと長く感じたことか、、 冬には抗がん剤帽子ともさよならだ! 病院からもらった資料に、生え変わると毛質が変わることがあります、と…

ガン日記 リハビリ編その3

食欲は完全復活した。 病院食に比べたらなんでも美味しい。 朝は8枚切りの食パンを一枚。ジャム塗って、コーヒーと。または、お茶漬けを一杯。お昼はパスタ。レトルトのパスタソースを絡めるだけ。おやつに前日姉が買ってきてくれるコンビニスイーツを食べ…

ガン日記 リハビリ編その2

夜は10時頃にハルシオンを飲んで10:30〜11:00に就寝。朝は9:00時頃にうぉっと起きると家族は皆さんご出勤後。たまにダイちゃん(甥・お兄ちゃん)がいるくらい。 スッキリ見て、ポン見て、ヒルナンデス見て、そしてお散歩。 帰ってから、再放送の科捜研の女…

ガン日記 リハビリ開始の編

抗がん剤治療終了後もやっぱり足痛が一週間程続き、寝ている時も、うーん、うーんとうなっていたようです。 でもハルシオン飲んでるから眠っている時が一番快適だった。起きたら地獄。体重は増えたのに体力はすっかりなくなり、いったいいつになったら社会復…

ガン日記 抗がん剤⑥

髪の毛は抗がん剤4回目くらいだったかなー、ほぼつるっパゲに。ただ、フェースラインに10本程髪の毛が残ってとうとうそれは抜けなかった。パヤパヤと生えていて笑えた。抜こうとしても簡単に抜けないので放っておいた。 病院で顔を洗ったあと鏡をよく見たら…

ガン日記 抗がん剤⑤&保険、入院費

保険の話をしておこう。 全労済の疾病・生命保険とアメリカンホームのガン保険に加入していた。 アメリカンホームはガンになる2年ほど前に〝あ、ガン保険に入ってない!〝と急に思い立ち加入した。予知能力が働いたのだろうか?!ただ、〝ガンと診断されたら…

ガン日記 抗がん剤⓸

洗髪で髪の毛ガシガシ抜いたものの、家族にその姿は見られたくなく、寝る時も帽子をかぶって寝る。 もちろん写真も撮らなかった。 同時期に乳がんになった高校の同級生は、「めったにならない髪型だから」といって写メを保存していた。すげー。負けた。いや…

ガン日記 抗がん剤③

この頃は家でも食欲がなく、りんごを買ってきてもらいむさぼり食う。りんごなら食べれるんだー、青森っ子だもん。 退院後は数日間足がヨレヨレでトイレに行くのがやっとの状態。 なんとか歩けるようになると入院治療の日がやってくる、、。 てなことで第三回…

ガン日記 抗がん剤②

三週間ゴロゴロしっぱなしの日々。 1日中TV見放題。無料なんだからーw そうこうしてるうちに第二回目の抗がん剤治療の日がやってきました。 荷物を持ってお一人様入院。 姉もそうそう仕事を休めないのじゃ。なんたって保育園の施設長だからんw だから、入院…

ガン日記 いよいよ退院

第一回目の抗がん剤も無事に終え、2月初旬に退院のはこびとなりました。 日曜日、病院からタクシーで帰る。 お腹の傷もまぁまぁ癒えたものの、直後の抗がん剤で足がヘロヘロなのだ。 1ヶ月ぶりの姉の家。まだ我が家とは思えない。猫のミミちゃんとも久々の…

ガン日記 抗がん剤①の編

術後2週間程経過したところで抗がん剤の説明があり、治療できるかどうかの血液検査をした。 第一回目は肝臓の値が悪いとのことで、最初から失敗してもなんだからとDr.Kに言われ、、〝失敗〝ってなんだよ、、数日遅らせることに。 あ、そうそう、私の子宮体癌…

ガン日記 大部屋へ、の編

個室でのTV見放題生活も2日で終了。 着々と回復し、尿道カテーテルも外され、立つ練習も始まり、元の大部屋へ戻ることになりました。4人部屋の窓側です。 6階なので見晴らしはいいです。晴れた日には富士山も拝めます まだ各種ドレーンが身体からはえてますw…

ガン日記 いよいよ手術!の編

年が明け55歳、go-goのトシ。 1月5日に入院し、下剤をたっっぷり飲まされ、翌日の手術に備えます。 さすがに姉も仕事を休んで入院に付き合ってくれました。家族がいるのにお一人様入院は悲しすぎまする。 翌、手術日。 手術は朝一の8:30から4時間予定。 昼過…

ガン日記 ガン告知の編

9月末でN証券を辞めその年の12月にお引越ししました。 6年住んだ六郷のお部屋とお別れです。 ほとんどの家財を処分し、、なんたって姉の家は狭いので、、身の回りのものとミミちゃん(猫・女の子・現7才)だけを連れ狛江に移ってきました。 慈恵への紹介状を…

ガン日記 子宮体癌予兆の編

子宮体癌は虫垂炎の手術終了とともに始まった。 ショーツに少量の出血があり、もう閉経したはずなのにナンデ?と思ったが、虫垂が子宮に癒着していたため剥がすのに子宮をつついてそれで作動しちゃったのかしらと考えた。 だが出血はハローワークに通ってる…

ガン日記 心療内科の編

心療内科のお世話になったのはいつからだろう、、、 37歳頃に子宮内膜症で卵巣に大きな、赤ちゃんの頭程の膿疱ができ開腹手術をした。 昭和大学でだ。 まだ結婚もしており、上野毛に住んでいた。バブルははじけ、私たちの生活もはじけた。ダンナは数年前から…